大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)3429号 判決 1988年5月31日
原告
吉田孝行
被告
賛急運送こと森治朗
ほか一名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し、金二五二万一六一〇円及び内金二二六万六六一〇円に対する昭和六〇年八月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
訴外上尾宗則は、昭和六〇年八月三一日午後四時一〇分ころ、普通貨物自動車(泉四四う五六九一号。以下「上尾車」という。)を運転して東西に走る大阪府八尾市永畑町二丁目四七番地先道路の北側に接する被告浪速いすゞモーター株式会社(以下「被告会社」という。)の敷地から右道路に進入し、これを左折して東行車線を東進しようとしたのであるが、右道路の北端付近を東進してきた原告運転の原動機付自転車(大阪市阿う一三〇一号、以下「原告車」という。)に自車を衝突させた(以下「本件事故」という。)。
2 原告の受傷、治療経過及び後遺障害
原告は、本件事故により下顎骨骨折、脳挫傷、顔面裂傷、左下腿打撲、歯牙折損等の傷害を受け、昭和六〇年八月三一日から同年九月二五日まで(二六日間)八尾徳洲会病院に入院し、同年一〇月四日から同年一一月二八日まで(実日数一六日)山田歯科医院に通院して治療を受けた。しかし、原告の右傷害は、結局完治せず、昭和六〇年一一月二八日、五歯に歯科補綴を施した状態でその症状が固定するに至つた。原告は、右後遺障害につき、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の後遺障害等級認定において、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一三級四号(「五歯以上に対し歯科補綴を加えたもの」)に該当するものと認定されており、原告の右後遺障害は、同級同号に該当する。
3 責任
被告森治朗は、本件事故当時、上尾車を所有し、これを車検のため被告会社に預け、その従業員である訴外上尾に試乗させていたものであるから、上尾車を自己のために運行の用に供していたものというべきであり、自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。
訴外上尾は、上尾車を運転して前記被告会社の敷地から通行車両で混雑していた前記道路に進入し、これを左折して東行車線を東進しようとしたのであるから、右方を注視して右道路を東進してくる車両等との安全を確認するとともに、自車の前方に道路案内者を立たせて右道路を東進してくる車両等を停止又は徐行させるなどしたうえで右道路に進入し、右道路を東進してくる車両等との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものである。しかるに、同訴外人は、これを怠り、道路案内者も立てず漫然と前記道路に進入してきた過失により、右道路左端付近を東進してきた原告運転の原告車に進行中の自車を衝突させたものである。訴外上尾は、被告会社の従業員で、被告会社の業務を執行中に右過失により本件事故を発生させたものであるから、被告会社は、民法七一五条一項に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。
4 損害
(一) 治療費 金五五万一三七〇円
原告は、3記載の八尾徳洲会病院に対する治療費として金二三万二八七〇円、山田歯科医院に対する治療費として金三一万八五〇〇円を支払つた。
(二) 入院雑費 金三万三八〇〇円
原告は、前記八尾徳洲会病院における二六日間の入院期間中、一日当たり金一三〇〇円、合計三万三八〇〇円の雑費を支出した。
(三) 付添看護費 金六万三〇〇〇円
原告は、八尾徳洲会病院における昭和六〇年八月三一日から同年九月一三日までの一四日間の入院期間中、その症状に照らして付添看護を必要とし、この間母吉田ひろみの付添看護を受けて一日当たり金四五〇〇円、合計六万三〇〇〇円の費用を要した。
(四) 通院交通費 金三万一四四〇円
原告は、昭和六〇年八月三一日から昭和六二年一月七日までの通院交通費として金三万一四四〇円を支出した。
(五) 慰謝料 金二九五万七〇〇〇円
原告は、本件事故により前記傷害を受け、そのため前記のように入通院して治療を受けたが、前記後遺障害が残存し、また、本件事故当時、近畿大学附属高校三年に在学中であつたが、本件事故による受傷のため欠席し、出席日数が不足して近畿大学への推薦入学を受けられず、同大学へ進学できなかつた。これら本件事故により原告が被つた多大な精神的、肉体的苦痛及び大学へ進学できなかつたことによる経済的損失を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金二九五万七〇〇〇円が相当である。
(六) 弁護士費用 金二五万五〇〇〇円
原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として金二五万五〇〇〇円の支払を約した。
5 損害の填補
原告は、上尾車の自賠責保険から金一三七万円の支払を受けた。
6 結論
よつて、原告は被告らそれぞれに対し、4の合計額から5の既払額を控除した各金二五二万一六一〇円の損害賠償金及び弁護士費用を除く内金二二六万六六一〇円に対する不法行為の日である昭和六〇年八月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、原告が自賠責保険の後遺障害等級認定において等級表第一三級四号に該当するものと認定されたことは認めるが、その余の事実は知らない。
3 同3の事実中、被告森が本件事故当時上尾車を所有し、これを車検のため被告会社に預け、その従業員である訴外上尾に試乗させていたものであること、訴外上尾が被告会社の業務を執行中に本件事故を発生させたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。訴外上尾は、本件道路に進入する前、その手前で一時停止し、左方への方向指示器を点滅させ、本件道路上の東行車両が自車を進入させてくれるのを待つていたところ、自己の左方にある本件道路の信号機が赤に変つて順次東行車両が停止していき、右前方の東行車両が上尾車の進入路を空けてくれたので、左右の安全を確認したうえで左前方にやや進出し、本件道路に進入して南東の方向を向き、自車の右前部角が本件道路の外側線にかかる位の位置で再び自車を停止させ、左方の信号機が青に変つて東行車両が動き出すのを待つていたところ、左前方の信号機が青に変つて東行車両が動き出したので、自車を発進させようとして左方の安全を確認し、右前方の東行車両に合図してサイドブレーキに手をかけ、右方を確認したところ、本件道路の左外側線上を東行してきた原告車を直近に発見し、そのまま本件事故に至つたものである。訴外上尾は、右のように、本件道路に進入する際、一時停止をして左折の方向指示器を点滅させ、左右の安全を確認したうえで本件道路に進入したものであるから、その進入に何らの過失はなく、本件事故は、右のようにして上尾車が少なくとも一二秒間も停止していたのに、前方に対する注視を怠り、直前まで上尾車に気づかずに本件道路北端付近を東進してきた原告の過失によつて発生したものである。
4 同4の事実は知らない。
5 同5の事実は認める。
三 抗弁
原告は、二3記載のとおり前方に対する注視を怠つたまま本件道路の北端付近を東進してきて停止していた上尾車に衝突したものであるから、本件事故の発生については、専ら原告に過失があつて訴外上尾及び被告会社に過失がなく、当時上尾車に構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。したがつて、被告会社は、自賠法三条但書により損害賠償責任を負わないものである。仮にそうでないとしても、本件事故の発生について原告の過失のあつたことは右のとおりであるから、原告の損害額の算定に当たつては、原告の右過失を斟酌し、相当額の減額がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
否認する。本件事故は、専ら前記のとおり右方に対する安全確認を怠つて本件道路に進入した訴外上尾の過失により発生したものである。
第三証拠
本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 事故の発生
請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 原告の受傷、治療経過及び後遺障害
成立に争いのない甲第二、第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一ないし一二、第七ないし第九号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により下顎骨骨折、脳挫傷、顔面裂傷、左下腿打撲、歯牙折損等の傷害を受け、昭和六〇年八月三一日から同年九月二五日まで(二六日間)八尾徳洲会病院に入院し、同年一〇月四日から同年一一月二八日まで(実日数一六日)山田歯科医院に通院して治療を受けたが、原告の右傷害は、結局完治せず、昭和六〇年一一月二八日、五歯に歯科補綴を施した状態でその症状が固定したことが認められる。そして、原告が右後遺障害につき自賠責保険の後遺障害等級認定において等級表第一三級四号に該当するものと認定されたことは当事者間に争いがないので、特段の反証のない本件においては、原告の右後遺障害は、等級表第一三級四号に該当するものと認められる。
三 責任
被告森が本件事故当時上尾車を所有し、これを車検のため被告会社に預け、その従業員である訴外上尾に試乗させていたことは原告と被告森との間に争いがない。したがつて、被告森は、上尾車を自己のために運行の用に供していたものというべきであるから、自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する責任がある。
被告会社の従業員である訴外上尾が被告会社の業務を執行中に本件事故を発生させたことは原告と被告会社との間に争いがないところ、前記事実摘示のとおり、原告は、上尾車が右方に対する安全を確認しないで本件道路に進入してきた過失により本件事故が発生したものであると主張し、被告会社は、これを争い、原告車が本件道路に進入して停止していた上尾車に衝突してきたものであると主張するので、本件事故の状況がどのようなものであるかにつき判断する。本件において、原告の主張する事故状況を直接証する証拠は、原告が本件道路北側の外側線付近を原告車を運転して時速約四〇キロメートルの速度で東進してきたところ、本件事故現場の約一五メートル手前で路外から本件道路に向かつて進出してくる上尾車を認めたが、本件道路手前で停止するだろうと思つてそのまま直進したところ、上尾車は停止せずそのまま本件道路に進入しようとしたので、衝突地点の約一〇メートル手前で急ブレーキをかけたが、間に合わず上尾車と衝突したものであり、上尾車のどの辺に衝突したか、自己及び原告車がどの付近に転倒したか、事故後の状況がどのようなものであつたかは全く判らないとする原告本人尋問の結果及びこれによつて原告が真正に作成したものと認められる甲第一四号証だけであり、被告会社主張の事故状況に副う直接証拠は、上尾車が路外で一時停止して左折の方向指示器を点滅させ、渋滞中の本件道路上の東行車両が進入路を空けてくれるのを待つていたところ、約五〇メートル左(東)にある信号が赤になつて東行車両が順次停止していき、一台の東行車両が上尾車の右前部に停止して進入路を空けてくれたので、左右の安全を確認したうえ、本件道路北側の外側線付近まで進出して停止し、左方の信号が青に変わつて東行の連続停止車両が動き出すのを待つていたところ、右信号が青に変わつて東行車両が動き出し、左前方にいた東行車両も発進したので、右前方の東行車両に進入の合図をして右方を確認したところ、右方約二メートルの本件道路北側外側線上付近を東進中の原告車が迫つてきていて停止していた上尾車に衝突したとする証人上尾宗則の証言及びこれによつて同人が真正に作成したものと認められる乙第一号証だけであつて、右の事故当事者の供述以外に第三者の目撃証言等本件事故の状況を直接認定できるような証拠は存在しないのである。そこで、右の原告と訴外上尾の各供述のいずれか一方が他方を排斥して信用することができるか否かにつき検討するに、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証によれば、原告は、昭和六〇年一〇月二二日の実況見分において、本件事故現場の約六四・二メートル西方から本件道路北側の外側線付近を東進していたところ、事故現場の一五・二メートル手前で本件道路の歩道部分に出てきた上尾車を認め、危険を感じて急ブレーキをかけたが、その後のことは分らないと指示説明していることが認められ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証によれば、訴外上尾は、事故当日の午後五時から五時三五分にかけて行われた実況見分において、本件事故現場の三・二メートル手前の路外で左折合図を出して一たん停止し、左前方六・三メートルの地点に停止した東行車両(その左後部まで)と一一・三メートルの間隔を置いて自車の右前方七・八メートルの地点に東行車両が停止した(その左前部まで)のを認め、自車を三・二メートル前進させて本件道路北側の外側線付近まで進出して停止(左前方の東行車両まで四・六メートル、右前方の東行車両まで六・八メートル)し、その後最初に右方を見て西方一〇七・七メートルの歩道部分を東進してくる単車を発見し、次に左方の連続停止車両が発進するのを待ち、左方の東行車両が発進するのを認めたので、再度右方を見たところ、右方五・五メートルの本件道路北側外側線上付近に原告車が迫つてきていて停止していた自車に衝突したと指示説明していることが認められる。右の事実によれば、原告は、実況見分時には本件事故現場の一五・二メートル手前で上尾車を認めるとともに危険を感じて急ブレーキをかけたと指示説明していたのに、本訴に至り、上尾車を認めたのは本件事故現場の約一五メートル手前であるが、危険を感じて急ブレーキをかけたのは事故現場の約一〇メートル手前であると述べるに至つたものであり、その供述内容全体が前記の程度にとどまるところ、その本質的部分をなす上尾車との関係につき供述が変遷しているのであつて、供述内容の重要な部分に変更があるものというべきである。これに対し、訴外上尾の供述は、実況見分時の指示説明に比べ、本件道路北側の外側線付近まで進出する前に左右の安全を確認したこと及び原告車を発見する直前に右前方の東行車両に合図をしたことが加わり、右外側線付近まで進出して停止後右方一〇七・七メートルの歩道上を東進してきた単車を発見したとする説明がなくなり、事故直前右方を確認した際の原告車の位置が五・五メートル西方から約二メートル西方に変更されているが、事故現場の手前の路外で左折合図を出して一たん停止し、東行の連続車両が間隔を空けて停止したのを認め、自車を本件道路北側の外側線付近まで進出させて停止し、左方の連続停止車両が発進するのを認めたので、右方を見たところ、本件道路北側外側線上付近を東進してくる原告車を認めたとする自車の一連の運動経過に関する供述部分には変更がない。してみれば、訴外上尾の供述は、左右の安全確認の有無についてはあいまいで供述内容に変更も見られるものの、その変更はいささかの作意を加えて安全確認を十分したものと誇張した程度のものであつて、供述全体の信用性を左右するほどの変更とはいえず、その供述の本質的部分を構成する自車の一連の運動経過に変する部分は、一貫していて変更がなく、矛盾が見られないのである(訴外上尾の実況見分時の指示説明によれば、上尾車が外側線付近に停止した際、右前方に停止した東行車両と左前方に停止した東行車両との間隔は一一・三メートルあつたというのであるから、右の場所で停止しなくとも、右の両東行車両間に進入することができ、したがつて、その指示説明、ひいてはこれに符合する訴外上尾の供述には不合理な点があるかの如くである。しかし、上尾車が右外側線付近に左折途中で停止した際、上尾車と左前方の東行車両との距離は前記のとおり四・六メートルしかなかつたというのであり、前掲甲第一五、第一七号証によれば、上尾車の全長は約四・八メートルであつたことが認められ、右前方の東行車両は前記のとおり上尾車の進入を許すべく先行車との距離を空けて停止してくれたというのであるから、無理をして右の車行車両間に進入せず、外側線付近に停止し、東行車両が動き出すのを待つたとしても、必らずしも不合理ではないというべきである。)そして、原告及び訴外上尾の供述の信用性を裏付け、又は減殺する客観的な事実の有無につき検討するに、前掲各証拠及び成立に争いのない甲第一、第二、第一二(原本の存在とも)、第一七号証によれば、原告は、本件事故により意識を失い、以後一四日間意識障害が続いたこと、本件事故現場の外側線上には衝突地点にかけてやや左(北)に寄つた長さ六・四メートルの原告車によつて印象されたスリツプ痕が残つていたこと、本件事故当時は相当な降雨で、原告は、車行車両の渋滞した本件道路の北側の歩道部分と車道部分を時速約四〇キロメートルで眼鏡もかけずヘルメツトもかぶらずにやや下向きの状態でジグザグ運転しながら本件事故現場に至つたものであること、訴外上尾が実況見分において当初停止したとする地点からは四六メートル右(西)方まで、本件道路への入口からは七五メートル右方まで、上尾車が外側線付近まで進出した地点からは右方が遠方まで見通すことのできることが認められ、原告の本件事故による受傷の内容は前記認定のとおりである。右認定の本件事故後の原告の意識状況及び受傷内容に照らせば、原告がその供述するような事故内容を正確に記憶していたのか疑問の残るところであり、右認定の本件事故時の天候及び原告の運転状況に照らせば、原告は前方を十分に注視しないまま原告車を運転していたのではないかとの疑いを払拭することができない。また、右認定の視界の状況に照らして原告の供述を見るに、もし原告の述べるように前方を注視して原告車を運転していたとすれば、事故現場の約一五メートル手前まで原告車に気づかなかつたというのはいささか不自然というべきであり、右認定のスリツプ痕の状況に照らすと、原告が実況見分において述べる衝突の約一五メートル手前でブレーキをかけたとの指示説明は明らかに不合理というべく、それ故に前記の如く本訴においてブレーキをかけたのは事故現場の約一〇メートル手前であるとその供述内容を変更した疑いが濃厚である。そして、訴外上尾の供述を排斥して原告の供述を裏付けるに足るような客観的資料もなく(原告車のスリツプ痕の状況は前記のとおりであるところ、前掲各証拠によれば、本件事故により原告車のフロントカバー地上高〇・五ないし〇・七メートルの部分に上尾車の塗膜が付着しており、上尾車の右側ドア部の地上高〇・四五ないし一・三メートル、先端から〇・一ないし〇・七メートルの部分が凹損していたこと、衝突後、原告車は衝突地点から約二・五メートル南東、原告は衝突地点から約三・五メートル南東の本件道路上に転倒していたことが認められ、これは進行中の上尾車に原告車が衝突したとする原告の供述を裏付けるかの如くである。しかし、前掲甲第一五、第一七号証、乙第一号証によれば、上尾車は直線的に本件道路に進入してきて本件事故に遭つたものではなく、左折するべくその前部を南東の方向に向けた状態で原告車と衝突したものであることが認められるので、前記事実をもつて原告の供述を裏付けるものと見ることはできない。)、結局原告の供述は、その信用性に疑問が残るものといわざるを得ないものである。これに対し、証人宇都宮美一の証言によれば、本件事故の捜査を担当した同人は、原告及びその後方を単車に乗つて東進していた訴外廣田耕一の供述に基づいて、原告車の時速を四〇キロメートルと認定したうえ、本件事故現場において訴外上尾の指示説明する条件に合わせて実際に自動車を動かし、上尾車が外側線手前で停止している時間を測定したところ、三回計測した平均は一二秒で、この時間は、訴外上尾が実況見分時に一〇七・七メートル西方を東進してくるのを見たとする単車が時速四〇キロメートルの速度で衝突地点に到る時間とほぼ一致したことが認められる。してみると、訴外上尾の実況見分における指示説明は、客観的な東行車両の進行状況と矛盾せず、西方に見たとする単車の位置の指示も、自己の指示説明する上尾車の一連の動き及び前記原告車の速度に照らして矛盾がなく、要するに、客観的な事実との間に矛盾は認められず、したがつて、これに符号する訴外上尾の前記自車の一連の運動経過に関する供述も客観的な事実との間に矛盾は認められないのである。してみると、上尾車の一連の運動経過に関する限り、訴外上尾の供述は十分信用することができ、これによれば、本件事故は、上尾車が同人の供述するようにして外側線手前まで進出して停止後、約一二秒して停止している上尾車に原告車が衝突したものであると認められ、これを左右し得るような証拠は存在しない。したがつて、訴外上尾には原告主張のような過失はなく、被告会社には民法七一五条一項に基づく損害賠償責任はない。
四 損害
(一) 治療費
前掲甲第三、第五、第八号証によれば、原告は、前記八尾徳洲会病院に対する治療費として金二三万二八七〇円、山田歯科医院に対する治療費として金三一万八五〇〇円を支払つたことが認められる。
(二) 入院雑費
原告が八尾徳洲会病院に二六日間入院したことは前記のとおりであるから、原告は、経験則上一日当たり金一三〇〇円、合計三万三八〇〇円の雑費を支出したものと認められる。
(三) 付添看護費
前掲甲第二号証によれば、原告は、八尾徳洲会病院における昭和六〇年八月三一日から同年九月一三日までの一四日間の入院期間中、その症状に照らして付添看護を必要としたことが認められ、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一〇号証によれば、原告は、右の間母吉田ひろみの付添看護を受けたことが認められるので、経験則上一日当たり金四五〇〇円、合計六万三〇〇〇円の費用を要したものと認められる。
(四) 通院交通費
原告は、昭和六〇年八月三一日から昭和六二年一月七日までの通院交通費として金三万一四四〇円を支出したものと主張し、甲第一一号証にはその旨の記載があるが、その記載中には、前記原告の入院中の交通費、通院期間以外の日の交通費、症状固定日後の交通費が多数記載されていて、前記通院中の交通費の記載は僅か二日分しかなく、その記載内容は不合理であつて信用できず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠は存在しない。
(五) 慰謝料
原告が本件事故により被つた傷害及び後遺障害の内容・程度その他本件において認められる諸般の事情に照らせば、原告が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金二〇〇万円と認めるのが相当である。なお、原告は、本件事故当時、近畿大学附属高校三年に在学中であつたところ、本件事故による受傷のため欠席し、出席日数が不足して近畿大学への推薦入学を受けられず、同大学へ進学できずに精神的、財産的損害を被つた旨主張するが、原告が本件事故がなかつたならば近畿大学へ進学できる蓋然性のあつたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張事実は認められず、これを慰謝料斟酌事由として考慮することはできない。
五 免責ないし過失相殺
本件事故は、前記三において認定したとおり、上尾車が被告会社の敷地から通行車両で混雑していた前記道路に進入して左折し、東行車線を東進しようとして、自車を外側線手前まで進出させ、同所に停止した約一二秒後に停止している上尾車に原告車が衝突したものである。したがつて、本件事故の発生については、被害者である原告にも前方注視を怠つた過失があるものというべきであり、原告の右過失を斟酌してその損害額の七割を減額するのが相当である(なお、被告森は、本件事故は専ら原告の過失によつて生じたものであつて、訴外上尾に過失はなかつた旨主張するが、上尾車の本件道路への入口から右方の見通しは七五メートルで、本件道路への進入時、本件道路の東行車両はその前方の信号待ちのため連続停車しており、その間に進入して左折を完了するまで約一二秒かかつたことは前記のとおりであるから、訴外上尾は、本件道路への入口手前で自車を停止させて東行車両が動き出すのを待ち、右方の安全を確認して速やかに左折を完了すべきであつたというべきであり、同訴外人は、車行車両がまだ信号待ちのため停止中であるのに本件道路に自車を進入させ、本件道路の左側を塞ぐ状態で約一二秒間自車を停止させていたこともまた前記のとおりであるから、同訴外人にも右のような過失のあつたことは明らかというべきである。)。
六 損害の填補
請求の原因5の事実は原告と被告森との間に争いがない。したがつて、原告の被告森に対する本件事故に基づく損害賠償請求権は、すべて填補されて消滅したものである。
七 結論
以上の次第で、原告の本訴各請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山下満)